浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第247回】新型コロナ ~ 「分科会」経済学者の優れた異見

 2020年初頭から2年間、「コロナは本当に怖いのか?」「正しく恐れよう」と主張してきた。

コロナは本当に怖いのか? ~ナイトの「不確実性論」から見る

数字、定義、根拠不足の新型コロナウイルス報道 「お化けの恐怖」に振り回される日本|NetIB-News

 a - 関係性の教育学会(EPA)

 

その主張の「核」は経済学シカゴ学派碩学F、ナイトの「不確実性論」(1921)。「エビデンスの無い推測はお化けがいつ出るか、という恐怖を煽る」だ。

 

この二年間、統計は日本のコロナ死者数が奇跡的に少ないことを示している。しかるに、なぜ「感染、感染、自粛、自粛」と連呼するのかーー!結果、経済、教育など社会システムが大混乱に陥った。

 

そんな折、経済学者の研究論文に接し、大いに励まされた。「ナイトのリスク・不確実性およびインフォデミックな不確定性 -「第三の不確実性」抽出試論。

問題はインフォデミック。正しい情報と不確かな情報が混じり合って拡散し混乱が増幅するinformation(情報)と pandemic(世界的な伝染病の蔓延)の合成。

【第245回】再主張:コロナは本当に怖いのか? ~ Fナイトの「不確実性論」から - 浜地道雄の「異目異耳」

ここで、拙稿前段に記したごとく「基本的対処方針分科会」には医療専門家だけでなく、社会・経済学者もいるのだが、その声は聞こえて来ず、只々、尾身会長の「感染、感染、感染」論だけが繰り返され、茶の間に入り込み、恐怖感が市民、国民に浸透している。 

なぜ、「分科会」の「経済・社会学専門家」の意見は聞こえてこないのだろう?

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/pdf/meibo-corona.pdf

 

と、記したところで、何と「分科会」メンバーである大阪大学大竹文雄教授の論考に接した。zoom研究会(仲田東京大学准教授)に聴講参加。Q+Aも含め実に有意義な二時間。感銘を受け、これまた大いに励まされた。https://note.com/fohtake/n/nc6612de213b5

 

ここより、以下、濃密な資料から筆者(浜地)が主観に基づき選択した。 (同教授の発表は語気強くということではなく、しかし、実に明快であった)

 

「新型コロナ感染症対策とEBPM反対票を投じた理由」

EBPM Evidence Based Project Management証拠に基づく政策形成から検討すべき

 

「オミクロン株の特徴と対策」

対策:・感染最小限政策。 保育所、学校、職場、家庭の接触を削減して感染を止める

・対策最小現政策。・ある程度の感染は防げないものとして、重症化リスクの高い人たちへのワクチン接触、行動制限を中心に、重症化リスクが低い人たちの行動制限は撤廃

 

「メリットとデメリットを判断して決めるのは政治」

・専門家はオプションとその背景を明らかにすること

・価値観に依存するので専門家では決められない

 

「分科会の医療者と経済学者の考え方の違い」

-医療: 

・感染者数(医療機関・保険所への負荷)を最小化

 感染対策が経済に悪影響があれば経済で対策すべき 

-経済:

・コロナ以外の経済的損失、自殺、教育、貧困などの目標も

・医療の専門家だけで政策は決められない

 

「分科会での反対意見」

1.まん延防止等重点措置の実施の要件を満たしているのか疑問 

2.飲食店の営業制限は効果あるのか  ⇒ 疑問 

3.濃厚接触者の把握、観察  ⇒ 意味がない 

4.医療提供体制

重症化リスクが高い人だけを早期に検査する・治療する仕組みに変える ⇒ 医療体制の逼迫を解消する手段として望ましい 

5.水際対策

 国内ですでに感染が広がってる状況では厳しい水際対策は合理性がなく弊害が大きい

 

以上、「コロナ前の暮しを取り戻そう」市民の会、発起人の一人として大いに励まされる。Home | 「コロナ前」の暮らしを取り戻そう!市民の会声明

 

【第245回】再主張:コロナは本当に怖いのか? ~ Fナイトの「不確実性論」から

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奇跡的に少ない日本のコロナ死亡者数・率 (NYT)

コロナ・パニックが発生してから丸二年。 

筆者はずっと「コロナは本当に怖いのか?」「正しく恐れよう」と主張してきたがその原点はF. ナイトの「不確実性論」(1921)だ。

個人的解釈も含めて言えば、「エビデンス(証左)のない推測は『お化けがいつ出るか』という恐怖を煽る」ということだが、そこでの証左とは感染ではなく「死亡数」である。 

世界的に見て、日本での死亡数(率)は奇跡的に少ない(添付:New York Times)。

しかるになぜワイドショーをはじめ、毎日毎日、「感染、感染、感染」と恐怖を茶の間に注ぎこむのだろうか。 

検査 ≠ 陽性 ≠ 感染 ≠ 発病 ≠ 重症 ≠ 死亡 、と「不連続」であるにもかかわらずーー。

【第205回】 新型コロナは本当に怖いのか ~ COVID19で想うFナイトの「不確実性」論 - 浜地道雄の「異目異耳」

 科学には「自然科学(医療)」と「社会(経済)科学」があるのだが、このパニックにあって、科学的論考、検証がなされてない。「分科会」には尾身会長以外にも「経済・社会学専門家」もいる。が、なぜか、その意見は聞こえてこない。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/pdf/meibo-corona.pdf

 

そんな折、獨協大学黒木亮准教授の緻密な論考に接し、励まされた。

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「ナイトのリスク・不確実性およびインフォデミックな不確定性 -「第三の不確実性」抽出試論。獨協大学学術リポジトリ:2022年1月21日 コンテンツ追加 紀要:『獨協経済』110号-111号。 

実に精緻な経済研究論文だが、そこにコロナパニックという視点から教示されることが多々ある。そこからビジネス一辺倒、即ち門外漢の筆者(浜地)の主観に基づき、いくつか重要事項を引用・解釈をする(順不同): 

・まずは何と言っても表題のインフォデミック。

マスメディアだけでなく、SNSどを通じ、正しい情報と不確かな情報が混じり合って拡散し混乱が増幅するインフォデミック。これは、WHO(世界保健機関が、information(情報)と pandemic(世界的な伝染病の蔓延)を合成して生み出した造語だ。各種の疑惑や真偽の不確かな情報が新型コロナ・ウィルスと同様か、それ以上のスピードで伝播していく事態に危機感を抱いて自みずからかたり始めた新語。 

・良く知られている「Black Swan ブラック・スワン黒い白鳥」。極めて稀な現象か想定外の事態ゆえ、その出現や発生によって世が騒然となる金融危機のような事象。

・又、いわゆる「灰色のサイ」―普段はおとなしいが暴れ出すと手が付けられない白サイやもともと獰猛とされる黒サイのように、危険な大問題に転じる可能性。 

・そして「お化けがいつ出るか?」という恐怖感と共通する“藪蛇”にも似た「半端な不確実性」。ここでは「赤黒い金魚」という判断に迷う場面を仮定している。

一方は黒みがかった水槽にリスクという赤い金魚が無数に泳いでる。他方、赤みがかった水槽では、アンサートゥンティという黒い金魚が無数に泳いでいる。                        この場合、見る位置や角度によっては、金魚が果たしてリスクなのか、アンサートゥンティなのか、どうにも判別がつかない。 

要するに、判断を下す人間の立ち位置や見る角度、光の当たり具合や時間軸、見識や想像力の違い等々から、リスクかアンサートゥンティか判別がつかなくなってしまった結果として派生してくるような不確定性。「第三の不確実性」。 

第一の「既知のリスク」従来のコロナ・ウィルスや通常の債務不履行のリスク

第二の「未知の不確実性」新型コロナの感染症の拡大やそれによる各種の被害

第三の「半端な不確定性」新型コロナに関する不確定情報やその蔓延による不透明感

 ・また経済史を振り返って大恐慌の只中にあった1933年に、アメリのフランクリン・ローズベルト大統領が大統領就任演説で述べた「恐れるべきは恐怖そのものである」といった趣旨の言葉は、決して単なるレトリックや叱咤激励ではなく、問題の本質や核心の一部。

 以上、黒木准教授の論考そのものではなく、筆者(浜地)の主観による引用、解釈。(了)

現実に振り返ってみよう。改めて、コロナは本当に怖いのか? Fナイトの指摘する「エビデンス(証左・数値・統計)」は「日本における新型コロナ死亡者数(率)は奇跡的に少ない」ことを明示している。

【第240回】 突然浮上のオミクロン・パニック~感染恐怖 - 浜地道雄の「異目異耳」

現下、政府・厚生労働省は「2歳以上のこどもにマスクをー」議案や、また5-11歳の子供にワクチン接種に前向きであるとのこと。「コロナ前の暮しを取り戻そう市民の会」(筆者は発起人の一人)主催の「ワクチン接種を考えよう」シンポジウムが、横浜、大阪に続き、2月19日、札幌で開催される。

Symposium | 「コロナ前」の暮らしを取り戻そう! 市民の会声明 

 

「関連拙稿」:F.ナイトの「不確実性論」「コロナ」に言及した論考:

1)一ノ瀬正樹教授 (哲学)

【第216回】 五輪実施 ~ コロナを正しく知り、正しく恐れる - 浜地道雄の「異目異耳」

2)日本経済新聞

【第236回】注目すべき日経解説記事 ~ 迷走したコロナの科学 - 浜地道雄の「異目異耳」

【第244回】(旧)高縄鉄道・高輪大木戸地区の開発

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築堤跡

 

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1月19日、港区三田、笹川記念館5階のレストラン菊の好意で撮影

大きな工事が進んでいる。

 

(承前)

【第201回】高輪ゲートウエイ駅近くの遺構 - 浜地道雄の「異目異耳」

 

内閣府 地方創生推進事務局資料より:

https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/tokyoken/tokyotoshisaisei/dai10/shiryou6.pdf

【第243回】2022年:ICT 推進の要(かなめ) ~ 異文化理解・多文化共生

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(左)iU中村伊知哉学長と               (右)キャンパス横、スカイツリーが見える


縁あって、iUで「多文化理解」の授業を受け持った。
iUとは「情報経営イノベーション専門職大学」(中村伊知哉学長)。ICT・情報をベースに起業を奨めるというユニークな新設校だ(キャンパスは東京都墨田区。嬉しい下町風情)。

グローバルに羽ばたかんとする若者に、その前提として「多文化理解、異文化理解=お互いに違うということの理解=共生」を軸に講義をした。 

まず、身近で分かり易い例がDervishダルビッシュ誰でも知っている米Major Leagueで活躍の野球投手。だが、それがどういう意味かを知る日本人は極めて少ない。Dervishとは中東(イラン、トルコ)におけるイスラム教の一派。Whirling(クルクル回る) Dervishとして知られる。【第92回】ダルビッシュって誰? - 浜地道雄の「異目異耳」

イラン人を父とする同投手のFirst Nameは「有/Yu」だが、有=アリAliとはイスラムシーア派の始祖である。逆に米国人はDervishが日本人だとは認識していない。つまり、異宗教が共生しているわけであり、「何と、そうなんだ!!」と好評を得たようだ。

加えて、英語力。折しも、2021年のノーベル物理学賞を受賞したのは日本出身で米国籍の真鍋淑郎・米プリンストン大学上席研究員(90)。「真銅さんの記者会見を聞いた?」と学生に問いかける。出身の愛媛弁(?)丸出し。そう、Cultureとは「(植物の)栽培」ということだし、つまり、種から成長し花となり、変えようもない体に染みついたのが文化なのだ。そして同氏のユーモアを交えての英語でのインタビューではJapanese English!!

 

ここで重要なのはノーベル賞に値いする論文は、勿論日本語ではなく英語だ。即ち「書き言葉=文書」であり、ペラペラ度ではない。つまり、(日常会話という範囲を超えて)自分の誇れる専門性、専門分野という命題に直結する。これまた、学生たちに「なるほど」と好評を得たようで嬉しいことだ。

更に、ICT情報をベースとするこれからのキャリアにおいて最も重要なのは、数値・統計の価値の認識。典型的には現下世界を揺るがすコロナ・パニック。極く素直に厚労省の正式発表の数値を見ると、日本における死亡者数は奇跡的に少ない。なぜ、感染、感染、感染と騒ぐのか?エビデンスをもとに「正しく恐れよう」。【第205回】 新型コロナは本当に怖いのか ~ COVID19で想うFナイトの「不確実性」論 - 浜地道雄の「異目異耳」

数値、統計について、その意味するところを正当に検証する。【第224回】 五輪・コロナに思う ~「安全」と「安心」は別もの - 浜地道雄の「異目異耳」

 また、SNSインターネットの発達でありとあらゆる情報、ニュースが世界を飛びかう今、ことの信ぴょう性が問われる。それらがfakeではないか、という問いかけのために重要なのはFACT CHECKING。団体概要 | FIJ|ファクトチェック・イニシアティブ

 そして、ICT上の文化の象徴としての暦Calendarの認識が重要だ。例えば2011年9月11日の同時多発テロ、9・11だ。だが考えて見よう、Septemberは3月Marchから始まるグレゴリアン歴では7番目の月であり、9番目の月ではない。911とは米国における緊急番号(日本では110番)だ。 

授業をしたのは10月。Octoberは実は8番目の月であり10番目ではない。その証拠にタコの足は8本。Octopusだ。音楽でいえばOctaveオクターブ) (ラテン語の八の意から) 七音からなる全音階の第八音。また、Septet=7重奏、Octet=8重奏、だ。 

そしてまた、年号。本2022年はグレゴリアン、A.D. Anno Domini主の年。紀元前B.C.はBefore Christ。令和Reiwa4年と言っても日本以外では通じない。(また、紀元前660年、神武天皇が即位から数えると皇紀2682年)。ユダヤ歴でいえば5782年(紀元前3761年10月7日を創世紀元とする太陰太陽暦)。イスラム歴では1443年(マホメットメディナへ聖遷した西暦622年を元年)。【第30回】 夜のBreakFast - 浜地道雄の「異目異耳」

 「新年」で言えば、筆者にとり忘れられない 2000年問題。2桁(19)99年から(20)00年、つま り「ゼロに戻る」とコン ピューターが読み込み、世界は大混乱か? と警戒した。結果的に大きなトラブルは生じなかったが、それもこれもSEたちの懸命の努力「縁の下の技術、英知」の結果、と若者たちを励ました。 

さて、いよいよ2022年、令和4年。ディジタル庁も発足したが、そのリーダシップも縁の下の力持ちの「英知」という宝があってこそ、に違いない。 

 

「月刊グローバル経営」2022年[新年号]より転載・加筆

参考:大学案内|情報経営イノベーション専門職大学【iU】|ICTで、まだない幸せをつくる。

 

拙稿Global Business English File [新年号] 過去記事:

2021   【第181回】米大統領 〜 Fat Lady への期待 - 浜地道雄の「異目異耳」

2020  【第120回】REIWA 2 に思う温故知新 - 浜地道雄の「異目異耳」

2018   【第110回】Singularity:人類の未来を示唆する深遠なことば - 浜地道雄の「異目異耳」

2017  【第90回】 魅力の「ナショ・ジェオ」 - 浜地道雄の「異目異耳」

2016   【第78回】 新年に思う接頭辞「A」 - 浜地道雄の「異目異耳」

2015   【第69回】 英語ができるようになった瞬間!? - 浜地道雄の「異目異耳」

2014   【第58回】 新年 〜 馬脚を表わさないように - 浜地道雄の「異目異耳」

2013  【第48回】 E Pluribus Unumの勝利 - 浜地道雄の「異目異耳」

2012   【第38回】 二面性のJanuary - 浜地道雄の「異目異耳」

2011   【第33回】 「てふてふ」の韃靼雄飛 - 浜地道雄の「異目異耳」

2009   【第5回】Parsiの商人 - 浜地道雄の「異目異耳」

2008   【第4回】Orient(日が昇る)に思う - 浜地道雄の「異目異耳」

2007   【第6回】海賊にみる「RとL」考 - 浜地道雄の「異目異耳」

    

 

【第242回】 日中国交回復50週年 ~ アルバニアに想う

 

 

(承前) アルバニアを生きる

【第97回】 アルバニアを生きる 〜 IkonomiとEconomy - 浜地道雄の「異目異耳」

 

1972年9月29日、日中国交回復。

その一年前1971年10月25日に採択された第26回国際連合総会2758号決議(英語: 2758 XXVI. Restoration of the lawful rights of the People's Republic of China in the United Nations. で中国は国連加盟を果たした。それは「アルバニア決議」と呼ばれる。なぜか?

 

そこで、拙稿、アルバニア記を再掲する (2005/10/18記) 

 

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イコノミ氏とVOAアルバニア人同僚

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紅衛兵を歓迎するホッジャ(1968年)

NHKブックの一行の記述が頭を離れない。「なぜ日本語を話せるアルバニア人がいるのか?」ティラナ放送局を訪ねたところ、「Voice Of Americaにいるはず」との説明を受けた。VOA! アメリカ政府の主として政治的宣伝活動のために1942年に設立され、未だに世界の億の人間が聴いている。

 世の中は本当に便利になった。さっそくインターネットで検索(
VOA!)してみる。そしてそこで「アルバニア語担当者」宛にメールを入れる。何と反応があった。しばらく交信が続いた後、某日、ワシントンDC出張の際、当人と会うことができた。写真上のごとく、にこやかで温厚な人物。その名をIkonomiというので、「面白い名前だね。英語のEconomy=経済=のようだ」と指摘したところ、「その通り。これは教会における財務担当を意味する」とのこと。

 やはりそうだ。憲法での禁止下にあっても、宗教は生きているのだ。50歳の同氏は上手な日本語で応える。日本に行ったことがない同氏がどうして日本語ができるのか?これらの背景について、今回、『JanJan』に寄稿にあたり同氏から寄せられたメモを下記抄訳するが、中国共産党史の一側面の証人であり、興味深い。写真下はアルバニア労働党青年連盟第5回代表大会(1968年7月)でのエンベル・ホッジャと姚文元(後に4人組のメンバーとして逮捕)。

●Ikonomi氏から寄せられたメモの抄訳

私Ilil Ikonomiは1954年9月1日アルバニアの生まれ。1973年12月に中国に行った。両国の関係は良好だった。アルバニア政府は当時エンジニアリング、コンピュータ、金属工学、そして言葉の習得を目的とする40人の留学生を送り込んだ。

 私のグループには4人のスペイン語、4人のドイツ語研修生もいた。なぜならアルバニアスペイン語圏とドイツ語圏には国交がなかったからである。私はアルバニアで中国語の教師になるということで、中国語グループに配置された。しかしながら、1976年から1977年ごろに、アルバニアと中国との関係は悪化。そこで中国語を学ぶことの意義はないと判断した。

 1977年当時、北京大学には多くの日本人留学生の友人があり、彼らに日本語を教えてくれるよう頼んだ。当時、アルバニアには日本語ができるものはだれもいなかった。1978年、中国とアルバニアの関係は完全に切れ、孤立化した。アルバニアの独裁者エンベル・ホジャは全ての留学生を中国から引き上げることを決定した。私はまさにギリギリのタイミング、同年7月に卒業した。

 アルバニアに帰った後、政府は中国語によるラジオ番組を開始し、私は翻訳者、アナウンサーとして働いた。しかし、中国にはその短波放送を聴くものはなく、11年間無意味な仕事をした。1991年、アルバニアは門戸を世界に開きだした。

 私はまだラジオ・ティラナで働いていたが、時折、ニュース番組でアルバニア語で話をした。ある日、デモ隊が首都ティラナの中心部にある独裁者の銅像を倒し、私はその現場にいた。私はすぐにラジオ局にもどり、その出来事を放送した。ラジオでそのニュースを私が一番最初に流した。多くの人々がそれを聴き、他の町の住民も独裁者の銅像を倒しだした。やがて、私はロイター通信社に雇われ、2年間働いた。

 その後、近隣のコソボ(住民の大部分はアルバニア人)における内戦が勃発、アルバニア人の難民があふれかえり、非常に危険な状態となった。1992年、私は現在の勤務先であるVoice Of Americaに働くことになり、移住。今はアメリカ市民権もとり、4人の子供とワシントンに住んでいる。

 Ikonomiというのはギリシャ正教会における位の名前である。祖父が正教会の神父だった。アルバニアには回教、オーソドックス、カトリックの3つの宗教がある。

 ラジオ・ティラナ勤務時代、私には多くの日本人訪問者があった。何人かはアルバニアにとって左翼の友人であり、政府招聘で来たもの。あるものはジャーナリスト、日経、朝日ほか主要新聞。かれらは私の目を開けてくれ、日本を知る機会を与えてくれた。1980年代、私の日本語は流暢だったが、今は大分忘れた。

 共産党支配当時、アルバニアでは宗教は禁止されていた。1966年、独裁者ホジャは宗教を禁じ、すべての教会、モスクを閉鎖した。それ以前は礼拝も教会にいくことも許されていた。私の父親はそれ以前は教会に行き、子供も同道し、主として教会の裏庭で遊んでいた。

 1966年には教会は焼き払われたり、倉庫やスポーツクラブに改造され、私の父親は家でひっそりと祈るしかなかった。彼は全ての宗教本を隠した。彼の職業はギリシャで学んだ医者で、宗教はオーソドックス・キリスト教であった。
 

関連拙稿:    ◇

世界・憲法で宗教を禁じた国――アルバニア

【第241回】 2022年、日中国交回復50周年 - 浜地道雄の「異目異耳」

【第258回】イタリアで平和に暮らすアルバニア人難民 - 浜地道雄の「異目異耳」