浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第33回】 「てふてふ」の韃靼雄飛


2011年09月02日

 

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2005年、愛知万博。そのサウジアラビア館の設営準備で25年ぶりに、懐かしの地を訪ねた。見事に変貌した首都リヤドだが、旧市街や住んでいた地区は変わりなく、まさに夢のようだった。


打ち合わせのあと、皆で日本料理店で会食の時、隣にディスターシャ(アラブ民族服)姿の数人の若者がいた。何と一人は日本人。リヤド大学に留学中、イスラム教の勉強をしてる由。そして、その仲間はTatarstan (The Republic of)タタルスタン共和国から来てるとのこと。韃靼人!!

韃靼(だったん)とは、つまり、イスラム中央アジアで、人種、宗教、部族が歴史的にまた地政的に余りにも入り組んでおり、ひと言で説明するには「蒙古系の一部族タタール(塔塔児)の呼称。のち、蒙古民族全体の呼称」と広辞苑を借りねばならない。
ボロディンの「韃靼人の踊り」はそれこそエキゾチックだし、蕎麦にも茶にも韃靼がある。身近のタルタル・ステーキはタタールに由来している。ハンバーグも元々はタルタル・ステーキを焼き、ソースで味付けしたものがドイツのハンブルグでの労働者の食事だったことに所以があると言われている。
もう何世紀にもわたり、ユーラシア大陸内部の中央アジア北アジアで活躍したモンゴル系、テュルク系、ツングース系とが混然とした魅惑の世界だ。

そして、そもそも「――スタン」とは、ペルシャ文化の影響を受けた地方の民族の名称の語尾に接続して、地名を形成する。
Afghanistanアフガニスタンに、クルディスタンKurdistan。さらにはアラビアのことはArabestanアラベスタン。中国のことはChinastanチナスタン。インドはHindustanヒンドゥスタン。ポーランドハンガリーですら、それぞれLehastanレハスタン、Macaristanマジャリスタンと呼ばれる。イラン(ペルシャ)自身はParsqastanパルスカスタンだ。

さらに興味深いのは「パキスタン」(1947年独立)。構成する5大地区の頭文字をとった合成語で、パンジャブ(Panj Ab=5つの水=川の意)のP、アフガンAfghanのA、カシミールKashmirのK、シンドSindhのS、バロチスタンBalochistanのSTANでPAKISTANとなる。ペルシャ語では「清浄な国」を意味する。

同じ中東でも、ペルシャとアラブは人種的には違うのだか、ミックスの例もある。駐日サウジアラビア大使はTurkistani氏。トゥルキスタンとはTurki、つまりトルコがオリジンで、何代か前にサウジアラビアの聖都マッカ、マディナに巡礼にきて、そのままジェッダに永住したイスラム教徒の末裔である。まさに親しみのあるアジア顔で、成城大学早稲田大学で学んだという親日派

こうして中央アジアを考えていると、「てぶてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」(安西冬衛、1927)という一行詩が心に浮かぶ。A butterfly crossed over the straitと翻訳しても様(さま)にならないし、So what?(だからどうした)となるかもしれない。
しかし、国際ビジネスマンたるもの、思いを「未知の世界への挑戦」と解してはどうだろう。小さく可憐な生き物「てふてぶ」には、その先にまだまだ「雄飛」すべき果てしないアジアの大地が広がるーー。そこに秘められているのはグローバル・マインドという原点だ。

(社)日本在外企業協会 「グローバル経営」より転載・加筆

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