浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第56回】 What is スジャータ? 〜 インド人がびっくり


2013年12月03日

 

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画像:スジャータの乳粥(ちちがゆ)。出典:いたたた・・タイ

某年、場所はインドのボンベイ(今のムンバイ)。日本の財界大物が来印、同地の商工会で歓迎会が開かれた。挨拶に立った同氏がこう始めた。「このお釈迦様の国。仏教の国に来れて嬉しい」とーー。聞いていたこっちは一瞬ぎょっとする。インド側も苦笑いする。

確かに、日本人にとって仏教発祥の地というところから「インドは仏教国」という先入観がある。が、実際にはヒンドゥー教80%、イスラム教13%、キリスト教2.5%、シク教2%、 仏教、ジャイナ教は1%以下だ。シン首相がシク教徒というのはターバン姿でわかる。ましてボンベイは世界級のタタ財閥Parsi族(ゾロアスター教)の本拠地だ。
参照:「Parsiの商人」

ビジネス相手の文化・歴史を知っておかねば、不具合だ。

日本での日常生活に多くの仏教用語が入っているが、そもそも「経営」とは仏教用語。「経」とは織物の縦糸で、それに沿って人の道を営むということの由。       (故)Steve Jobsは禅に心酔してたし、時に仏教に関心のある米欧人に会うこともあり、ある程度の基礎知識を英語で知っておくのに損はない。

筆者のほろ苦い経験は、ある社長の通訳をさせられた時。仕事の話は何とかなった。「一期一会」(茶道用語)と言い出したのもOnce-in-a-lifetime と何とかこなせた。次に出たのは「色即是空」! そもそも意味が分からないから通訳どころではない。あの冷汗は忘れられない。

調べると、「色」とは有形の万物、その本性は空しい存在である。空即是色、現象界の本性である「空」は現象界を離れてあるのではなく、顕現している(広辞苑)。「即是」は二つのものが一体不二ということ。さあ、それでも100%理解できたとは言えない。そこで、和英辞典をみると、All is vanityとある。また「平家物語」の冒頭「諸行無常」はAll composites are impermanent。仏道の究極「涅槃Nirvara静寂」はPerfect tranquility、Nirvana is peaceとある。 

ウーン。意味はわかるが、漢字の語感とは完全には一致しない。中々難しい。

さあ、これ以上読者に対し「釈迦に説法」はいけない。Don’t preach the priest。

それよりも、興味深いのはSujātā。都内で、ビジネス仲間のインド人が「What is スジャータ?」と聞く。彼が指差したのは「スジャータ」と書いた配送車。「あれは乳製品のロゴマーク」と説明したら、件(くだん)のインド人はびっくり。

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画像:スジャータトラック。出典:ウィキペディア

Sujataとは釈迦の命を救った村娘の名前。釈迦は長い苦行でも悟りを得られず、中断して体を清めるために水浴をした。スジャータはそのやつれた釈迦に乳がゆ(Pāyāsa)を施した。心身ともに回復した釈迦は遂に悟りを得て仏教が成道した、という話だ。これはインド人なら誰でも知っており、又、ポピュラーな女性の名前なのだ。

日常生活に入ってるスジャータ。でもその意味を知る日本人は少ない。冒頭の「仏教国インド」と同様、異文化理解のcrossing(交差)とも言えよう。
さらに、乳製品といえば「醍醐味」。醍醐とは5段階格付で、最も美味なもの。そこから仏教で最高真理に例えられるよし。The real thrill of life!

余談ながら、本稿は都心にある「お寺カフェ(光明寺)」で書いている。主宰者のひとりは、ISB(インド商科大学院)でMBAを取ったという若き(日本人)僧侶とのこと。
参照:http://www.komyo.net/kot/

一般社団法人日本在外企業協会「月刊グロ―バル経営」(2013年11月号)より転載・加筆。

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