「100年の夢」光と影(2008年8月9日産経新聞一面)
2008/08/10記
8月8日の夜、第29回夏季オリンピック、北京大会の開幕式のTV中継を見た。最初はその規模、美しさ、演出に驚嘆し、「素晴らしい」を連発する解説者、アナウンサーの声に賛同していたが、だんだんうつろに聞こえ、後半、心が次第に萎えていった。本来、美しきもの、努力の結晶、一糸乱れぬティームワーク(チームワーク)、何であれすべて賞賛すべきなのだが……。
筆者の心が開会式から離れていったのは、色彩豊かな美しい立体がうごめき、それは実はマスゲース、つまり人間の、しかしあまりにも人間離れした集団統一動作であるということを知った頃からだ。
何だか米軍のイラク侵略時における都市攻撃をあたかも、CGやゲーム感覚でお茶の間で見ているという後ろめたさに似ている。そこにある個々の人間性、人間味の欠如というやるせない思いである。
あのリズム感の少ない流れるような(美しい)音楽に合わせて何千(何万?)の人間が一糸乱れず統一行動がとれるということは、それこそ気の遠くなるような時間をかけ、血のにじむような練習があったと容易に想像できる。しかもそれは夜のパフォーマンスである。開会式のセレモニーには約1万5000人が出演。そのうちの3分の1が軍から選ばれた人たちだという。
「五輪写真」サイトでは、しかしどうしたことか、あのマスゲームの圧巻の全体写真を見ることはできない。
・http://beijing2008.nikkansports.com/news/photo/top-photo.html
美しいマスゲームは、どうしても北朝鮮の「アリラン祭り」を連想させる。そしてそれはある「生臭い」光景に行き当たる。 1990年9月、金丸信自民党(当時)副総裁は「金丸信先生(と田辺誠先生)の引率する日本使節を熱烈に歓迎する」という人文字に大感激したと言われる。人間だから当然だろう。そして、その前後から北朝鮮との金銭を巡る、いくつかの不透明な動きが報道された。
・http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=549997
2000年10月には、北朝鮮を訪れたオルブライト米国務長官(クリントン政権下)も、マスゲームを見せられ、「すばらしい」と讃えたとて米国内で「奴隷の踊りをすばらしいというのはおかしい」と批判された。
その北朝鮮のアリラン祭りは「世界最大規模のマスゲーム」とギネスブックに登録されたとのこと。それによると、「2002年の故金日成主席の生誕90周年と金正日総書記の還暦を記念して創作されたアリラン祭りは、抗日戦争時期から現在までの歩みを大規模なオペラ形式の公演と学生たちの人文字を交えながら仕上げた1時間余の作品。歌手や舞踏家、学生ら約10万人が参加する」よし。
又、2008年の「アリラン祭」は、北朝鮮が9月、建国60周年を迎えるため、その祝賀イベントの一環として開かれたとのこと。
・http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00138088.html(08/05 20:13)
さて、この「マスゲーム」に対する違和感(?)についてはマスゲームに参加した北朝鮮の少女の姿を伝えるBBC制作のドキュメンタリー「ヒョンスンの放課後」(原題「State of Mind」(心の状態) 2004)のゴルドン監督が以下のように述べている。
(筆者 仮訳)
それはすべて集団教育ということで、マスゲームを演じる者も観る側も、「訓練」に尽きる。演技訓練をずっと追っていると、「一人の小さなミスが全体の演技をすべて台無しにしてしまう」と植え込んでいる。だからこそ、彼らの言う「集団主義」にならざるをえないし、それこそが共産主義が(国民に)「擦りこもう」と意図してるティームワークそのものなのだ。
(原文)
DANIEL GORDON, FILMMAKER:It's all about teaching the collective, both the performers of the Mass Games and those who are watching, and it's drilled in. When we were following the gymnasts, it's drilled into them that the slightest mistake by one of them can ruin the performance. And therefore, in their words, they surrender to the collective, and it is all about, you know, the teamwork that Communism tries to instill.
・http://transcripts.cnn.com/TRANSCRIPTS/0510/04/i_ins.01.html
かくして筆者にはどうしても、ルーマニア訪問時、独裁者チャウシェスクが北朝鮮で感動してマスゲームを自国でも取り入れたと聞いたことが思いだされる。つまりマスゲームは独裁者のこころを大いにくすぐるという一種の悪夢への連想となる。
今回、福田日本首相、ブッシュ米大統領、サルコジ仏大統領ら 開会式に出席した80を超える国々の首脳たちは、間違いなくその素晴らしさに驚嘆をしたはずだが、さて、その表裏一体のところにある違和感(?)をどこまでどのように感じたのだろうか? 「国威発揚に東京オリンピック」をうたう石原東京都知事も参加と聞くが、どうだったろう?
日本の各メディアも押し並べて「礼賛」だが、ひとり、産経新聞の見出し「光と影」はそのあたりを伝えているし、同じく一面にある中国出身の評論家・石平(せき へい)氏の、子供時代にことあるごとに鑑賞動員された「国家イベント」映像への感激と、長じて知った国の実情の乖離から説く『繰り返される「歴史」』論は一読に値する。
石氏は、かげりが見え始めた中国のバブル経済の現状について懸念を表明、【すさまじい経済成長を成し遂げている最中でも、この国では億単位の失業者が途方にくれ、年間に数万件の暴動や騒動が発生している状況だから、経済がいったん落ち目となれば、社会的不安と混乱がどれほど拡大していくのか、もはや想像もつかない】などという。論は【祭りの興奮が収まった後に一体何がやってくるのか、それこそが問題ではないか】と結ばれている。
・http://sankei.jp.msn.com/world/china/080809/chn0808090319000-n1.htm
以上は、必ずしも、中国事情、北朝鮮事情、オリンピック・体育事情に詳しくない筆者の個人的感想であり、読者、専門家の意見も伺えればありがたい。長く日米を中心に国際ビジネスに携わり「ティームワークこそ日本の誇るべきこと」と主張をしてはいるのだが……。
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