浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第23回】 ORANGEに学ぶ世界貿易


2010年09月28日

 


FIFAアフリカ大会たけなわの某日、英国人顧客のネクタイが白地に 赤の十字だったので、思わず言った。「お、イングランド! Good Luck」と。
相手は喜び、初対面ながら商談がスムーズに進んだ。
イングランドは、スコットランドウエールズ北アイルランドと並び、
独自の国旗を国歌と持ち、FIFAの設立以前からの「代表権国」である。
ご本家、王国連合(United Kingdom・ Great Britain)の代表はいない。
信じられないことに、有名なGod Save The Queenは法で定められた国歌ではないし、国旗ユニオンジャック(Jack=船旗)も複数国旗の妥協物だ。

さて、強豪オランダ・チームはオレンジ軍団と称されるごとく、オレンジ一色だ。それはその国歌にあるごとく、建国の祖オラニエOranje公から今に400年続くオランダ王室名、英語でOrangeだ。その名をオランダ移民は、南仏のオランジュOrange市、南アのOrange自由州、さらには米NY州のOrange郡などにも残している。

WILLEM VAN NAZZOVと言われて何のことかすぐにわかる人は多くなかろう。
世界で一番古い(1570頃)オランダ国歌は15番まであり、acrosticという技法でその各節の冒頭の文字をつなぐと、この「ナッサウ伯ウィレム」という建国の父の名前になる。

そこにDuitsen bloed(Dutch blood)ともあり、これを「ドイツの血(を継ぐ)」と訳せるか?
そこで思い出すのは、米ペンシルバニア州ランカスター村。そこではPennsylvania Dutch(メノナイト宗派の分派)アーミッシュ派が近代文明を避けて、車、電気を排した素朴な生活を送っている。ダッチというからオランダ人かと思い文字を見てると、どうもドイツ語だ。
説明でDutch=Deutsch(ドイツ)と知り、なるほど同根・同義なのだと納得した。

オランダ国歌では又、不思議なことに Koning van Hispanjen (King of Spain)への変わらぬ信義表明をしている。
国歌の中で2つもの他国(ドイツとスペイン)に配慮しなければならなかったオランダは、かくして、小国ならではのすぐれた国際貿易立国になって行ったのだ。

1602年、世界最古の証券取引所アムステルダム)と並び、世界で最初の株式会社「東インド会社」が設立された。ワグナーのオペラ「さまよえるオランダ人(船)Flying Dutchman」はそれと無関係ではない。

英国の東インド会社(1600)との激しい海上貿易・植民地の覇権争いや王室結婚の歴史など、英蘭両国の関係は愛憎半ばしている。
17世紀から18世紀にかけて4次にわたる英蘭戦争(Anglo-Dutch Wars)の根は深く、
英国は英語のDutchに意図的に悪い意味を含ませた。
Dutch act:自殺、Dutch uncle:ずけずけ言う人、go Dutch/Dutch account/Dutch treat:割り勘、Dutchman's anchor:大切な忘れ物、Dutch comfort:有り難迷惑、Dutch concert:バカ騒ぎ、to be in Dutch:困る、Dutch bargain:強引な取引、と気の毒なほどー。

現代では、世界最大級の石油会社Royal Dutch Shell社は英蘭の合弁事業だ。
英国の中央銀行は時に英蘭銀行と表記され、両国の合弁かと思ったら、さにあらずBank of Englandの発音(ラン)に当て字をしたものだ。

国歌・国旗はこのように、それぞれの歴史的な地政を語ってくれる。
スポーツなど色々な場面を通じて、「相手国」を知るのは一案だ。

(社)日本在外企業協会 「グローバル経営」より転載・加筆