浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第8回】ビールにまつわるGood Will紛争

 

2009年05月01日

 

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Budweiser Budvar

某年、転職の合間を利用して汽車やホテルの予約もせず、思いつくままに 家内と憧れの東欧流浪をした。「冬の旅」だ。

オペラ「ラ・ボエーム」の語源であるボヘミア(チェッコ)ではレンタカーを駆って、プルゼニ(Plzeň, ドイツ語Pilsen)から南部の古都チェスケー・ブジェヨヴィツェČeské Budĕjoviceに行った。舌を噛みそうな名前だがドイツ語ではBöhmisch Budweis =ボヘミアのブドヴァイズ。これを英語読みにするとバドワイズである。
(因みに、Pilsenはロンドンのパブなどで飲まれるぬるいビールAleと対をなすピルスナー・ビールの本場)

この地ブジェヨヴィツェ(Budweis)で、君主によりビール醸造所が建設されたのは1265年。王室御用達の指定を1531年に受け、1895年にはブドヴァイゼル・ブドヴァル (Budweiser Budvar) 、つまり「バドワイズのブドヴァル(商品名)」という会社組織となった。

他方、1876年、アメリカでドイツ系移民アドルファス・ブッシュは発売したピルスナー・タイプのラガー(ドイツ語でLager貯蔵)ビールに「Budweiser=バドワイズ産」と命名し商標を得た。ブドヴァイズとブッシュとの間には関係は無く、産地名を勝手にブランド名にしたということになる。

さて、このBudweiserを製造・販売する米ビール最大手のAnheuser-Busch 社はビール世界第2位でベルギーを本拠にするインベブ(InBev)社への身売りを発表した(2008年7月14日)。

買収総額は520億ドル。南アのSAB Millerを抜き、世界最大のビールメーカーが誕生した。 新会社の社名は「Anheuser-Busch-InBev」。両社を合わせた売上高は360億ドルに上る。

InBevといっても我々日本人には馴染みがないが無理もない。ベルギーのInterbrewとブラジルのAmBevが2004年に合併したもの。前者は14世紀にルーベンでDen Horenが設立したアルトワ醸造所を母体とし、後者アンベヴは1999年にブラーマ(Brahma)とアンタルチカ(Antarctica)が合併、さらにスコール(Skol)も合併して成立したということだから複雑だ。

ここで尚、根が深いのがBudweiserの「本家争い」。上述事情により、「本家」から言わせればアメリカ製は産地偽装というところで、宿命的に続いているBrand訴訟の根である。

Brandとはもともと家畜につける「焼印」であり、今やブランド(商標)権は会計上無形の価値を持っているためまさに金の卵、企業の重要知的財産だ。

我々身近で「普通名詞」と思ってるのが実はこの固有ブランドであるというのは多々ある。アクアラング(日本アクアラング)、カップヌードル日清食品)、ディジカメ(三洋電機)、フリーダイヤル(NTT)、マジックインキ(内田洋行)等々———。外国で言えば:Caterpillar=芋虫(Caterpillar Incorporated)、Klaxon(Klaxon)、Kleenex(Kimberly-Clark)、Pan-Cake(Max Factor)、Band-Aid(J&J;)。すでに 商標権が消滅したものとしてはEscalator(Otis)、Hotchkiss(イトーキ)など。

日本語で言えば「のれん(代)」。辞書を引くとa shop curtainとあり、続いて、《信用》credit、reputationと並んで《営業権・信用》goodwillとある。

Good Willと言えば、全米各地で見られるリサイクルThrift Shopの運営などをする社会奉仕団体(1902年設立)の名前のごとく「好意、親善」だ。 日本では「グッドウイル」という人材業が違法行為で有名になったのは なんとも皮肉である。

さてBudweiserは米国から欧州(ベルギー)に移り、本家争いについてはGood Willをもって決着をつけられる?

(社)日本在外企業協会 「グローバル経営」より転載・加筆

■ 関連サイト
・ビールにまつわる熱い商標紛争

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