浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第49回】 Pinchはチャンス


2013年02月20日

 

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 Pinch → Dimple

承前:「1Q84年

ロサンジェルスでのニューメディア実験にあたり、危惧されたのは「画面を指でタッチ」する行為だった。手垢で画面が汚れ、従い、感度が鈍るかもしれず、「神聖な画面を汚してはならない」といった思いでもあった。
ところが、時代は変わり、プッシュボタンから進化し、今や銀行でのATM、駅の切符販売や、スマートフォンでも、パネル・タッチは当たりまえ。それも「感圧式」から「弱電方式」に移行、Multi Touch Interfaceが可能になっている。あの何でもない透明パネルは実は三層構造なってるとか、驚くべきナノ技術の成果と聞く。

言葉というのは時と共に変わるが、日進月歩のこれらの操作用語の多様化は、改めて見てみると案外平易な言葉で興味深い。
Mouseが登場した時には、なるほどシッポをつけて這い回る「ネズミ」とは何と面白い表現、と感心したものだ。何ともなく使ってるBug(バグ)とは虫。Clickとは♪調子を揃えてクリック・クリック・クリック♪(みんなの歌)、羊の毛を刈る鋏の音だ。

画面を指先でポンと叩くのはTap(PCでいうClick)やDouble Tap(ダブルClick)だが、電源としてのTap(コンセント)は水道の蛇口と同様、違う語源のようだ。
Tapして、画面から指を離さす動かすのは「引きずる」という意味のDrag。Drag & Dropとは、掴んだものを引きずって行き、目的の場所で落とすこと。
Flick とはピシッ。画面をScroll(巻物)する時に、指を軽く払う動作だ。
Tablet(小さなTable)が最初登場した時には、「錠剤?」と妙に思ったのだか、それが旧約聖書モーセ十戒が刻まれた「石版」と知り、今や違和感はない。

さて、特記すべきはPinch。Pinch-outとは親指と人差し指を広げて、画面拡大。Pinch-inは二本の指で縮める。
しかし、ふつう我々がピンチといったら「危機」のことだ。今や死語になったゲルピンとはGeld(ドイツ語でお金)がピンチだ。

家内に聞いたらPinchとは洗濯バサミとのこと。なるほど、二本の指で物を挟む(広げる)という仕種だ。
塩/砂糖を一つまみはPinch salt/sugar。
未来を読まねばならないビジネス戦略では「少しでも可能性の高いほう」に価値がある。A pinch of probability is worth a pound of perhaps.

SF映画Star Trek」で異星人が親指、人差し指、中指の三本を立てて敵の首筋に押し付けて倒すのをVulcan Pinchといった。現在でも機能停止したPCの再起動で、「Ctrl+Alt+Delete」というキーボード上離れた三カ所のキーを押すことをVulcan Pinchと呼ぶのは半分ジョーク。

工具のペンチはa pair of pincers(米国ではpliers)で、仏語のPinces やPincettと同根の外来語。
かくして本来の「つまむ」から、難問に「挟まれて」物事がうまくいかないピンチとなるわけだ。何であれ、問題点は自分が一番知っている。Only the wearer knows where the shoe pinches.

Pinchにはさらに「盗み」とか、悪い意味が加わる。
ボトルに独特のくびれがある形状のスコッチ・ウイスキー名門Haig社は米国向けにPINCHを出していたが、その悪いイメージを払拭のためDimple(えくぼ)とロゴと変え、売上を伸ばした。まさに「ピンチはチャンス」。In a pinch, there's a good chance.

(社)日本在外企業協会 「月刊グローバル経営」より転載・加筆

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