浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第41回】 「Jobsの本」と「Jobの本」


2012年04月09日

 

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The Economist: The Book of Jobs

「iSteve: The Book of Jobs」。昨年10月に亡くなったアップル社の創業CEOだったSteve Jobsの伝記の予稿タイトル*にハタと膝を打った。「The Book of Job(‘s’無し)」、即ち聖書の「ヨブ記」との見事なpun語呂合わせだ。 *実際に発刊されたタイトルはなぜか単純に「Steve Jobs」(Walter Isaacson 著、訳:井口耕二)となっている)。

このタイトルはiPadが発表された2010年1月の英エコノミスト誌の表紙にもあり、石版(lithography / tablet)ならぬタブレットiPadを持ったSteveを聖人風に描いた表紙に感心したものだ。iPadeBOOK(電子本)のプラットフォームだからまさに「ジョブスの本」だ。

ビジネスで宗教(や政治)の話はタブーとされてるが、しかし、多くのパートナーが「キリスト教ユダヤ教イスラム教」という同根の宗教・文化に属するとあれば、ゲーテが「ファウスト」を発想し、ドストエフスキーが「カラマゾフの兄弟」を構想したというこの「ヨブ記」を知識として心得ておく必要があろう。

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ヨブ記」はキリスト教旧約聖書ヘブライ語)にあり、神の裁きと苦難に関する深遠なテーマだ。

ユダヤ教では「諸書」の範疇の三番目に数えられる。

主人公ヨブは信仰深い Oriental(1章3節)であり、イスラム教の聖クルアーンではアイユーブと言う名で出ている。ここでも財産を失い、妻以外の家族は去り、病気になったが、試練に耐え、アッラー(神)信仰心を捨てなかったゆえに、家族を二倍にされたと記されている。

サタンは神にこう言う。Is it for nothing that Job has feared God?

「ヨブが利益もないのに神を敬うでしょうか」(1章9節)。
神はヨブを信頼しており、サタンの指摘を受け入れて財産を奪い、ひどい皮膚病に冒させ、試練を課す。

ヨブの妻まで神を呪って死ぬ方がましだと主張するが、ヨブはこう答えて退ける。

Shall we accept merely what is good from the God、and not accept also what is bad?

(2章10節)「神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」

愛社精神や忠誠心を試されるというのは今風でないが、仕事もビジネスも、いつも順風満帆とは限らない。苦境に陥り、家計にまで響き、奥方が文句を言った時に、こう言えるだろうか?

さて翻って、スティーブ・ジョブスの伝記。第一章Childhood、僅か6ページの記述は胸を打つヒューマン・ドラマだ。Abandoned and Chosen(捨てられて、拾われた)という見出しはヨブ記の「God has given, and God has taken away、主は与え、主は奪う」(1章21節)と一脈通じる。

次の副見出しが The adoption (養子)だ。シリヤからの留学生アブドゥルファターとアメリカ娘ジョアンはともにウイスコンシンの大学院生。二人は恋をしてSteveを身ごもったのだが、イスラム教徒との結婚を娘の父は認めなかった。そのため誕生以前から、養子にだすことに決められており、結果Steveはジョブス夫婦に引き取られることになった。このあたりがSteveの独特の死生観に影を落としているのだろう。「ヨブ」が紀元前15・6世紀、シリアのダマスカス生まれというのも何だか因縁じみている。

ビジネスマンにとって、Taskは辛いし、Occupationは時間を食う。しかし、Vocationは天職であり、 Callingも神の声(【第15回】 あなたにとってCallingは何か? - 浜地道雄の「異目異耳」)だから、仕事というのはJobが語るように深遠な営みだ。

(社)日本在外企業協会 「グローバル経営」より転載・加筆

 

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