浜地道雄の「異目異耳」

異文化理解とは、お互いに異なるということを理解しよう、ということです。

【第70回】 「First Name」で呼び合える仲?


2015年02月06日

 

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ハンガリーの墓碑(Wikipediaより)

今は昔、よき時代(?)のイラク、長期出張中のバグダッドのホテルでハンガリー青年歌舞団と一緒だった。当時の社会主義国間での文化交流だったのだろう。

持参してたクラリネットで合奏したり、英語は通じないが、片言のドイツ語の音楽談義。日本人と知ると、彼らは盛んにハンガリーで大人気の指揮者小林研一郎氏のことを(Kenichiro KOBAYASHIでなく)KOBAYASHI Kenichiroと言う。そこで、彼の国では名前を姓・名の順に言うことを知った。

言われてみれば思い当たる。ハンガリーの作曲家コダーイKodály Zoltánの管弦楽曲、ほら吹き男「ハーリ・ヤーノシュ」。ハーリHáryが姓、ヤーノシュJánosが名前なのだ。
他方、名チェリスト、ヤーノシュ・シュタルケル(2013年4月28日、米インディアナ州で没)も本当はシュタルケル・ヤーノシュStarker Jánosなのだ。
参照:二面性のJanuary

HungaryとはHun族(匈奴)つまりアジア人だという俗説を信じると、この「姓・名」論は中々興味深い。言語学者金田一春彦氏はこれ(ハンガリーの姓・名表記)を賞賛している。(「日本語」岩波書店

以来、データベースを職としていた筆者は名刺にHAMAJI Michioと表記することにした。案の定、情報化時代とあって、今や米欧においても各種人名リストでは姓・名の順番である。

Nomin、nomen(ラテン語ギリシャ語)を語源とする「Name」には派生語が沢山あり、きりがないが日常用語としていくつか知っておいたほうがよい。
anonymous 匿名=a(without)、antonym 反意語=ant=anti(反)、 denomination 額面金額、namely言いかえれば、nominal 名目上の=反対virtual(=事実上の)、nominate 指名する、renown 名声=re(again)、surname 姓=sur(super)+name、synonym 同意語=syn-(same)。

グローバル化の時代で相手の名前(姓)を知ることは逆にローカル性=出自(descent)を知ることで、案外役立つし、楽しくもある。

顕著な例を二つ:
語尾が「イアン」で終わる場合はアルメニア人。アメリカのロッキード社副会長コーチャン。オーストリアの指揮者カラヤン(異説もある)。ソ連の政治家ミコヤン。作曲家ハチャトリアン。

インドのパルシー(Persiaペルシャから来た拝火教徒)の姓には世襲の職業名Wala「〜する人」「〜屋さん」というのがある。Screwala は「ねじ屋」、Cyclewala は「自転車屋」という家族名である。Bottleopenerwala 「栓抜き業」とはこれ如何に。

名(First Name)について言えば、懐かしい「ゴダイゴ」のヒット曲(1979年、国際児童年)ではないが、親は色々工夫した我が子を命名する。
♪Every child has a beautiful name♪

しかし、キリスト教イスラム教、ユダヤ教の世界ではしばしば預言者の名前を採り(Given Name)、結果的に一種の記号化してるので、「名は体を表わす」Names and natures do often agree.とも思えない。でも、面白い語源もある。

例えば前米大統領クリントン氏のビルとはWilliam、これはドイツ語のWilhelm、つまりwil(l)意思とhelm兜(意思を守る?)。
ブッシュ氏のGeorgeはギリシャ語のgeorgo、(ge) earth大地と(ergon) work労働、つまりfarmer農民である。
さて、ビジネス・外交上の勘違いしてはいけないのは巷間に言われる「ファースト・ネームで呼び合える仲」。
有名なのはロナルドー・レーガン氏と中曽根康弘氏の「ロン・ヤス外交」。1983年の初めての日米首脳会談の時からファースト・ネームで呼ぶ仲になった由。
小渕外務大臣とオルブライト国務長官の「ケイゾウ・マドレーヌ」については外務省の公式文書にもある。

しかし、アメリカ人は初対面でもFirst Nameで呼んでくるので面食らうほどで、「ファースト・ネームで呼び合える仲」というのは意味をなさない。
エリツィン・ロシア大統領と橋本龍太郎首相とは「ボリス・リュウ」の間柄だった由だが本当だろうか?

参照:インド、ニューデリー近郊にあるBottleoperwalaバー。パルシー料理

一般社団法人日本在外企業協会「月刊グロ―バル経営」(2007年11月号)より転載・加筆。

■ 関連拙稿サイト
「How Much」と呼んでくれ